■東山かいわい
祇園町の町並み


四条通りから建仁寺にかけて広がる祇園町南側の地域は、木造2階建のお茶屋の町並みが形成されており、数寄屋風を加味したお茶屋が続き、祇園の風情をよく伝えています。


祇園は、平安時代の初め頃創建された祇園社(八坂神社)の門前町として発祥し、応仁の乱によって消失しましたが、17世紀の後半に、鴨川の両側に堤が築かれ、鴨の河原は歌舞伎の芝居小屋のほか人形浄瑠璃や曲芸、軽業などの小屋がところせましと並ぶようになりました。

祇園新橋(ぎおんしんばし)


祇園新橋地区は、祇園内六町の茶屋町として開発され、これらの芝居や芸能と深く結び付き、江戸時代末期から明治時代にかけて益々繁盛しました。江戸時代末期から明治時代初期にかけての質の高い洗練された町家が整然として建ち並び、美しい流れの白川や石畳、樹木などと一体となって歴史的景観を今に伝えています。
2階に張り出し縁側を持つ「本2階建町家茶屋様式」という洗練された町家に塀を持たせたもの及び数寄屋風にしたものなどが見られます。

これらの伝統的な建物は、同種類ごとに群を構成し、祇園の芸能、生活、文化にふさわしい洗練された統一感を示しています。
昭和51年に国の重要伝統的建造物群保存地区に選定され,町並みの景観が保存され、近年、電線の整理、石畳の舗装などが進み、建物たげでなく町全体が整備されてきています。

-京都市発行「京の伝統的建造物群保存地区」より抜粋-


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