京町家の生活空間
京都の町家形式は多種多様ですが、その代表は「表屋造り」と呼ばれる、平入りの店舗部分と居住スペ−スである主屋が、玄関部で接合された造りです。この造りの町家は、隠居家などには用いられず、盛大に商売をおこなっている商家の建築様式です。
商売と生活という、いわゆる「職住一致」が一般的であった時代に、店と家政を「つかさずはなさず」のゆるやかな関係に保つのに最適の造りでした。
現在でも、障子などの建具や、トムシロや上敷などを入れ替え、夏座敷、冬座敷というように、季節感に応じたしつらえが守られています。また、正月や祭といったハレの日においては、緞通や屏風などを用いて、特別な空間が創出されます。そうした文化は、京都の町の人々の間で、現在も守り伝えられています。

四条小橋付近の町並み
四条小橋付近の町並み(明治43(1910)年12月・四条小橋西)

この写真は、京都市土木課が、四条通の拡幅事業直前に、現況を記録するために撮影した一連の記録写真のうちのひとつです。四条小橋の西側辺りから、東向きに四条通を望んで撮影しています。
  1. モデルをする市役所の役人 シルクハットにフロックコ−トを着、ステッキをつく。
  2. 電柱 No26と番号がふられています。京都電灯株式会社のものか。
  3. ショ−ウィンド−
  4. 左側通行の看板 日本はもともと左側通行でしたが、丁度明治末頃に、自動車が走りはじめ、人力車の車両数も相当数に至ったので、都市部においては安全のために左側通行が励行されました。ちなみに、歩行者のみ右側通行に変わるのは、昭和24(1949)年のことです。
  5. 電柱広告 明治40年代に流行した「三面体行灯看板」か。三面体行灯看板は、三角柱形で、側面の3面(ガラス製)に広告文字が記され、中には電灯を2個入れて照明としたようです。このような電柱取り付けの行灯看板は危険であるとして、警察の規制を受け、大正5、6年頃には廃止されました。
  6. 門灯 ガス灯か。明治42(1909)年に京都瓦斯株式会社が設立され、以後昭和初期にかけて照明用のガス灯が盛んになったが、京都ではすでに電気による照明が進んでいたので他都市のような需要をみなかった。
  7. 北海昆布店の看板 店先に京都出張所とある。
  8. 下駄屋
  9. 椅子の上に置かれた看板 「象牙細工品○○商店」とある。店に入る通路(ロージ)の入り口に置かれている。このように、入り口をふさぐ形で看板を置く方法は、現在では珍しくもないが当時としては斬新であった。
  10. 日除け
  11. 橋柱 「四条小橋」と彫られている。
  12. うどん屋の看板 ガラス製か。
  13. おしながきか。
  14. 村田時計店の時計台 当時、四条通のシンボル的建築であった。
  15. 木造三階建の矢尾政北店 夏はビール、冬はかきを取り扱っていた。

商家の店構えと内部  京町家のファサ−ド
商家の店構えと内部
(明治39(1906)年以前・中京区下本能寺町) 
京都でも有名な文具商の店先。ばったり床几、人力車、住所板、門灯(石油ランプか電灯。)京都にガス灯が通ったのは明治42 (1909) 年のこと。)などこの当時の様子がうかがえます。
  京町家のファサ−ド
(昭和8 (1933) 年10月5日・中京区橋弁慶町)
あげ床几、開店中のサインでもある水引暖簾(軒桁につけた横長の暖簾で、関西の町家に多い)、虫籠窓、格子(縦の組み木が上下とも枠一杯まで入った商家特有の京格子)などこの当時の京町家の外観がよくわかります。
弦楽四重奏  祇園会の屏風祭
庭先での弦楽四重奏
(明治末期・下京区太子山町)
音楽好きの商家の旦那衆が集まっての演奏会の様子を撮影したもので、趣味の集まりによる弦楽四重奏としては、日本でもかなり早い時期のものです。
  祇園会の屏風祭
(昭和30年代末・下京区太子山町)
祇園祭は、別名「屏風祭」ともいわれるくらい、宵々山や宵山には、山鉾町やその周辺の町々で、店の間の格子をはずして、家宝の屏風や生け花を飾ったりして、道行く人々の目を楽しませました。
髪結いの訪問髪結いの訪問
(大正期・中京区柳水町)
髪結いは、京都弁でカミイイサンとして、町の女性たちの生活にとけ込んだ商売で、髪結いさんは、通常10日に1度ぐらいの割合で回ってきたようです。髪を結ってもらっている間の話が、楽しかったようで、この当時の様子がうかがえます。
  庭先でのティ−パ−ティ−庭先でのティ−パ−ティ−
(昭和14(1939)年5月・下京区船鉾町)
画面左端の少女の誕生会の模様を撮影したものです。京都の町家のうち、特に都心部である祇園祭の山鉾町界隈の町家には、奥に裏庭があることが多くみられ、家の子供たちの遊び場として利用されていたことが多かったようです。
商家の奥さん方の茶話会 商家の奥さん方の茶話会
(大正期か・中京区骨屋町)
ご服問屋の奥さん方が、2階座敷に寄り合って撮影されたものです。島田髷(主に未婚の女性の髪型であった)や丸髷(既婚女性の髪型)を結った女性に煎茶が出されています。煎茶道は、京都の町衆のなかで盛んであった、座敷に煎茶用具を常備しておく家が多かったようです。


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