大正3(1914)年に参戦した第一次世界大戦の特需景気に湧いていた京都では、大典にかこつけた市民のエネルギ−が爆発しました。明治後半に、道路拡張事業、第2疎水・水道事業、電気鉄道建設事業をやり終えて、近代的な都市基盤が整備された京都では、特需景気もあり、一種異様な興奮状態にあったようです。 昭和の御大典は、昭和3(1928)年11月10日京都御所における即位式を皮切りに、同月14日から15日にかけて大嘗祭が行われ、16日からは御大典を祝う一般市民による提灯行列や旗行列が市内に繰り出しました。しかし、雨が多かったことと、天皇在京中の規制が強かったことから、思う存分踊れなかったというので、天皇が東京に戻る26日から奉祝踊を再度行うことを警察に申請し、26日から5日間が認められ、この間は大幅に規制を緩めることとなりました。昭和の御大典後の奉祝踊も盛大に行われました。 ![]() 風呂敷問屋の店員さんたちの奉祝衣装(昭和3(1928)年11月・下京区石井筒町)
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