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特集 伝統建築工匠の技の保存と伝承 ~世界無形遺産登録の技術~ 「『建具製作』技術 その③」
鶴岡 典慶
寺院建築の方丈や書院の多くには、内部の壁面や襖に様々な絵画が描かれています。それらは単なる装飾という意味だけでなく、室の用途に応じて、豪華な金地著色画や落ち着いた墨画に描き分けられたり、中国故事や花鳥などの画題が選定されるなど、建築構成上でも重要な役割を担っていることがあります。
室町時代から江戸時代にかけての狩野派等の優れた絵師によって描かれた障壁画や襖絵の中には、建造物の一部でありながら絵画としての価値が評価され、美術工芸品として重要文化財に指定されるものがありますが、この場合に気をつけなければならないのは、絵画の修理を行う際に、美術工芸品の専門家だけの指導の下で修理が行われると、建具は絵画の単なる下地という扱いで判断されてしまうことです。実際、過去には絵画の修理時に古い傷んだ建具は絵画の保存上好ましくないとの判断から安易に新調され、さらにその建具の形式も変更されてしまったことがありました。これによって残念ながら建立当初の建具は解体されてしまいました。また美術工芸品の絵画が嵌め込まれた建具の外部に、直射日光除けのため新たに養生用の簡易な形式の舞良戸建具が立てられたようで、これに合わせて絵画のない当初舞良戸が簡易建具に取り替えられてしまった(写真1)ため、文化財建造物のオリジナル部材の喪失とともに景観的価値も大きく損なわれることとなりました。
これは行政等でよく言われている、分野や専門性が細分化されることによって発生する縦割り構造が、文化財の世界でも行われてしまっていることを如実に表す事象でした。この問題が発生したことを契機に、絵画修理専門技術者と建造物修理専門技術者の交流の必要性が重要であることが認識され、文化財である絵画の貼り付いた戸襖や障壁画の修理に当たっては、建造物の修復専門家も加わって協議し、建造物と美術工芸品の価値が両立できる修理方針を検討する機会が徐々に設けられるようになり、古い建具も価値が認識され、文化財的な修理をして保存や再用されるように意識が変わりつつあります。
そこで今回は、絵画として重要文化財に指定された戸襖絵の修理について紹介します。
対象は、重要文化財建造物の戸襖に描かれた絵画で、制作されて400年以上経過しており経年劣化が見られるほか、日常的に開閉されることから絵の摺損劣化が甚だしく、また亀裂等の破損も大きい状態でした。戸襖は建造物の一部ですから、建物と一体的に保存するのが最も望まれますが、絵画が現況の保存管理状態ではさらなる劣化が免れないことから、建具は絵画とともに修理を施した上で博物館施設に保管し、必要に応じて当初の場所に戻して建造物としてのオリジナルは復旧できることとしました。その代替として、建造物には復原建具を製作して模写絵を貼り付け、建造物としての価値も損なわないようにすることとなりました。
復原されたのは舞良戸と呼ばれる建具(写真2)で、製作に当たっては当初建具の技法に倣うこととしました。当初の建具は、外見上は一般的な形式とほとんど変わらないのですが、いくつかの質の高い特徴が見られました。一点目は材料です。綿板が椹の木目が詰まった柾板材で、しかも長さが2m以上、幅が25㎝以上の良質な材料が用いられていました。今回の製作ではこの板材が30枚以上必要となり、様々な材木店に問い合わせてみましたが、すべて調達が困難とのことでした。そこでこけら葺板製造を専門に扱う長野県の業者に照会したところ、特別に保管してあった椹丸太材を挽いていただき、当初の材料ほどではないですが何とか良材を確保することが出来ました(写真3)。
二点目は技法で、舞良子の両端に斜めに折れ曲がる杓子枘という特殊な仕口を造り出していました(写真4, 5)。この仕口は、框側も斜めに穴が彫られているため、一度枘穴に入れ込むと引き抜けないようになります。両端に杓子枘があるため、組み立て時には舞良子を撓わせて慎重に1本ずつ差し込んでいきます。強度的には非常に優れた組手ですが、非常に手間がかかることから、国宝や重要文化財などの歴史的建造物でもこれまで使用事例は数例しか確認されていません。この技法が今回復原される建具に用いられていることは、約40年前に実施された本堂解体修理の際に、絵画のない両面舞良子付の建具修理で判明していました。この技法を用いて現在の職人が新たに製作する機会が得られたことは非常に良かったと思います。
三点目は、絵画を貼り付けるための複雑な加工です。これは今回既存の建具を修理するために解体したことにより新たに判明したことですが、当初は両面舞良子付の舞良戸を製作していたのが途中で内側の面に絵画を貼り付けることとなり、急遽製作工程を変更して苦肉の策で実施されたものでした。框の仕口枘が部分的に再加工されたと思われる箇所は、鎌首が削られて構造的には明らかに不利になっており(写真6)、一度組み込まれてから変更したものであることは明らかで、職人としては止む無く施した様子が伺えます。また現在絵画が貼られている面には、框に舞良子の枘穴の加工途中の痕があります(写真7)。しかし、絵画を貼り込むために、稲妻型の釘(写真8)を使用して框の一部を矧ぎ合わせる施工技術等は精度が高く、非常に優れた職人が携わったことがわかります。
施工にあたっては、現状の建具を細かく実測し、基本的は忠実な復原製作を行いました。綿板の継目には、長さ約57mm、直径3mmの竹製の合釘を、厚さ6mmで合欠きの加工を施した部分に挿入されていますが、この施工は非常に高度な技が必要です(写真9, 10)。また、矧ぎ合わせた木肌が柔らかい椹板を一面平らに鉋かけするのは、少しでも手元が狂うと板の表面に傷がついてしまいますから、とても慎重に神経を集中して行わなければなければならない作業でした。
なお、当初の建具は途中で形状の変更をしたため、框の仕口が一部削られている状況でしたが、この部分は将来的な保存を考慮して、鎌首を若干細くする、枘元部分に補強の突起を設ける等の改良を加え、構造的な欠陥を補うことにしました(写真11)。その他、貼紙の将来の張替え修理を実施する際に框の取り外しが行い易くなる細かな修正なども行っています。
この度の製作には、国の選定保存技術保持者である鈴木正さんが中心となり、国選定保存技術団体の一般財団法人全国伝統建具技術保存会の石山孝二郎会長と会員数名が参加して、伝統建具技法の継承となるよう少人数で丁寧に実施されました。またこの作業工程は、選定保存技術伝承事業の一環として記録保存されました。
これまで、文化財建造物の保存修理に長年携わってきましたが、驚いたのは古い建具が修理できるということを文化財の関係者ですら知らなかったことでした。確かに、現在の建具業界を見ると建具は消耗品として扱われ、手間をかけて直すより新しいものに取り替えることが一般的になってしまっていますので、修理の出来る技術者がほとんどいなくなっているのが現状で、おそらく修理を依頼しても大半の建具屋さんには断られてしまうでしょう。このままでは、修理をすればまだまだ活かせる建具が失われてしまうとともに、伝統建具技術がますます衰退してしまうのではないかと危惧されます。そのためには、この素晴らしい技術を多くの人々に知っていただくとともに、伝統技術を生かした修理や新調製作の機会が増えることが最も大切です。良い建具を見極める目を皆さんもどうぞ養っていただき、建具をはじめとする世界に誇れるわが国の伝統建築工匠の技術を未来に伝えていきましょう。
最後に、この度の伝統建具技術の連載でお世話になりました鈴木正さんのすごい技を紹介させていただきます。これは約60年前の鹿苑寺金閣の再建工事後に10分の1模型も製作することとなり、その時作られた須弥壇と蔀戸です。模型と言いましたが、実際には枘の仕口や板决りも精巧に加工されており、建具職人さんの施工精度の高さを改めて実感することができます(写真12, 13, 14)。