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特集 京都の文化遺産の保存と継承 1 「京都市内の小学校に残る生活資料」
伊達 仁美
はじめに
平成11年(1999)の合併特例法改正により、平成17・18年(2005・2006)には平成の大合併のピークを迎えました。合併において市町村の博物館や歴史民俗資料館では、施設の統廃合により、収蔵資料の廃棄が行われたところもあります。地域が、より大きな単位に再編されることで、地域の特色は稀薄となってくることが懸念されました。筆者は、民具・民俗資料・民俗文化財といった生活資料を「地域の文化遺産」として伝えるために、市町村より小さな「小学校の校区」を単位とした資料の保存と活用が重要であると考えました。
近年、文化財の保存とともにその活用が問われるようになってきました。学校に収蔵されている生活資料、いわゆる民具は、学芸員や研究者が恣意的に収集したものではなく、地域の人たちが自分たちの暮らしの中で伝えたいものを、地域の中心である小学校に持ち寄ったものです。全国的にみても多くの事例が確認されます。
京都の小学校にも学区で使われてきた生活資料を集め、地域学習の教材として授業で活用しているところが多くあります。これらの資料は「地域の文化遺産」であり、それを保存している小学校は、大切な「地域博物館」でもあるのです。本稿では、筆者がかかわってきた、近年の取り組みを紹介します。
1.授業での活用
生活資料、民具は、主に小学校3年生の社会科の単元で取り上げられています。『平成29年度社会科学習指導要領解説』では、「歴史と人々の生活」に区分される内容において、これまでの「古くから残る暮らしにかかわる道具、それを使っていたころの暮らしの様子」に関する内容を「市の様子の移り変わり」に関する内容に改められています。しかし、その中で生活の道具の時期による違いに着目するという箇所では、 電化製品が普及する前と普及した後、および現在の生活の中で使用している道具の使い方や生活の様子について調べることと記述されています。小学校教育での「昔の暮らし」とは、今から50年~60年前の暮らしを想定しています。ちょうど一般家庭に電化製品が普及し始めたころです。炊事や洗濯など家事に使用する道具や明かり、暖をとる道具など、生活の中で使われた道具を取り上げ、それを手掛かりに、市や人々の生活の様子を捉えることができるようにすることを目的としています。
小学校では、学習指導要領を軸に、それぞれの地域の特徴や時代背景をもとに授業での生活資料の活用が行われています。七輪でお餅を焼く、石臼を挽いてきな粉を作る、洗濯板で洗濯をするなど、地域の人たちの協力により、多くの小学校が実践しています。
2.小学校に収蔵されている生活資料
小学校に収蔵されている資料は、学校教育で使用するだけではなく、地域のコミュニケーションの道具としても活用できるものです。
京都造形芸術大学では、平成19年度(2007)「学校教育の中で地域の文化遺産の保存とその活用法を探る」をテーマに左京区内の全公立小学校22校を対象に、生活資料の保存・活用状況の調査を行いました。また、その結果をふまえ、平成20年(2008)度には、「地域の文化遺産を後世に伝える拠点作り」をテーマに、京都市立明徳小学校「トトロの部屋」の整備を行ないました。
平成19年(2007)度の調査結果では、22校中18校に何らかの形で民具が収蔵されていました。その中で独立した展示室があり、資料を常設展示し、授業において教材として活用している小学校が5校、独立した展示室はないが、他の形で資料を常設展示し、授業で教材として活用している小学校が5校ありました。また、準備室や廊下に資料を保管し、授業で教材として活用している小学校が7校あるなど、資料を収蔵している小学校ではほとんどのところが授業で活用していることが分かりました(写真1)。
翌、平成20年度(2008)には、「効果的な見せ方・伝え方」を実践するため、京都市立明徳小学校をモデルケースとし、「トトロの部屋」の整備を行ないました。収蔵資料の多くは、名称、使用方法、履歴などの情報がない状態でした。そこで1点ずつの写真撮影ならびに名称の付与、使用方法等の聞き取り調査を行い、一覧表と台帳を作成しました。同時にクリーニングおよび防錆処理を進めました。整備の目的は、児童の学びの場であることと、地域の人たちのコミュニケーションの場にすることです。室内に収蔵庫と棚を作り、動線を確保しました。しかし、その際、空間のデザインを重視するのではなく、3年生担当の教員と十分話し合い、授業で使用するものは、児童の手の届く範囲に展示をしました。また、学校教育の中での活用を想定し、展示資料のキャプションにはあえて名称のみとし、付随する情報は、児童自らが調べることができるようにしました。もう一つの目的である、地域の文化遺産を後世に伝える拠点作りということから、地域の方々が「懐かしい」という気持ちのもと、語り合うことができる空間にしました(写真2・3)。整備後は、児童によって「明徳小さな博物館」と名付けられました。
3.学校収蔵民具の再発見事業
本事業は、文化庁の文化遺産総合活用推進事業として、京都市内の市立小学校が収集し保管、活用してきた地域の文化遺産である民具に焦点をあて、保存・活用されていることの重要性を再確認しつつ、学校関係者はもちろん児童や保護者、地域住民に向けてその魅力を発信することを目的とした取り組みです。そして、平成29年度の成果として、「左京区の小学校が伝える生活資料展」と「安寧小学校のたからもの展」のパネル展を2ヶ所で行いました。
「左京区の小学校が伝える生活資料展」は、左京区内の小学校の民具の収蔵状況を紹介したものです。左京区は南北に長く、気候条件や生活様式が異なり、その地域性を民具から読み取ることができます。開催にあたり、平成19年度の調査対象をもとに、各小学校にアンケートで追跡調査を行った結果、収蔵・展示の状況に変化があったと6校から回答があり、再調査を行いました。このうち、岩倉南小学校と花背小学校は新校舎建設に伴う収蔵・展示場所の移動があり、八瀬小学校は校舎の移転・新築によって収蔵・展示場所が変わっていました。しかしどの小学校も移動に伴い資料が廃棄されたのではなく、新しい展示スペースが確保され、常に児童の目に触れるところに作られていました(写真4)。
「安寧小学校のたからもの展」は、元安寧小学校の南校舎2階の安寧資料室の収蔵資料を紹介したものです。「書画骨董ではなく、生活の匂いのするもの」を収集するという方針が掲げられ、安寧学区の住民の暮らしがわかる生活資料が集まりました。幻灯機やカメラなど「ハイカラ」な資料も並び、一方で農具がないというのは、安寧学区が京都駅に近い立地によるという地域の特徴を表しています。
平成30年度の活動として、まず取り組んだのが、京都市内の市立小学校約160校に対し、民具の収蔵の有無や授業での活用、収蔵状況など、多岐にわたる視点からアンケートを実施しました。全校から回答を得たわけではありませんが、多くの小学校が民具を収蔵し、授業で活用されていることがわかりました。また、収蔵状況の改善や、資料整理、リストの作成などの協力も希望されています。
おわりに
民具を収集した時点では、情報が付与されていても、担当した教員の異動や、提供して下さった地域の人たちの世代交代など、時間を経るごとに情報は希薄になっていきます。
また、モノだけを残すのではなく、名称や使用方法など、資料に必要な5W1Hの関連情報を記録し、資料と合わせて保存することが早急の課題と考えます。そのためには、博物館の学芸員、大学の研究者、行政機関の専門家の協力と応援、いわゆる「博学連携」が欠かせないものとなります。
明治以来の伝統の中で、小学校単位で民具をはじめとする歴史資料を学校で保存し、その収蔵施設や展示施設までも設けてこられたことは、これらをさらに積極的に利用していくことによって、これからの双方向の博学連携事業の一つの理想でありモデルとなるものではないでしょうか。
1 平成17年3月までに合併申請、翌18年(2006)3月までに合併をすることで、地方交付税の優遇措置が合併後10年間講じられることになった。
2 京都市立新洞小学校が平成25年度から錦林小学校に統合されたため、現在は、21校である。
3 左京区役所が独自に取り組んだ「大学のまち・左京の推進」における「左京区 大学と地域の総合交流促進事業」の助成を受け、京都造形芸術大学の空間演出デザインを専門とする大野木啓人と、民俗文化財の保存修復を専門とする筆者が大学院生とともに取り組んだ。また、それに加え、地域の方々からの協力もいただいた。
4 トトロの部屋は、地歴クラブの児童と教員が中心となって設立したもので、農具や生活資料、写真パネルなど、岩倉の生活を物語る多数の資料が収蔵展示されていた。
5 学校収蔵民具の再発見事業実行委員会(委員長 用田政晴)